「邪馬臺國=鷹羽國」説
(福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
※
香春岳の銅と皇朝十二銭 & 柿本人麻呂は採銅所に眠る
(令和三年霜月六日 田川広域観光協会 第21回古代史講座) より
『小倉百人一首』の第五番目の歌
奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きくときぞ 秋はかなしき 猿丸太夫
この歌の作者が、猿丸大夫であり、その猿丸大夫(=柿本人麻呂)の墓が香春町採銅所の小字黒中にある。
そして、『万葉集』207番・208番・209番の人麻呂の本妻が亡くなった時の挽歌とこの『百人一首』の猿丸大夫の歌の訳が見事に同じ趣になった時に、人麻呂歌の207番歌に「畝傍の山」とあり、猿丸大夫の墓が採銅所にあるからこの「奥山」も採銅所にないのかと香春町郷土史会の人達に尋ねた。
すると上採銅所に奥嶽という小字があると応えて頂いた。
『村名小字名調書』(田川編)(抜粋)
國
郡 區
町 村
小字名
小字名
小字名
小字名
小字名
豊前国
田川郡
上採銅所村
観音
えの木ノ下
山ノ神
尾ノ上
植田
香春町
観音山
たちの原
奥嶽
きした
前川はだ
古早田
まかり
七ツえ
溝ノ上
たち口
<人麻呂の本妻の墓跡か>