「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


 瀬成神社(中元寺)= 瀬織津姫が祭られている

※ 第12回古代史講座 古代田川を解き明かす(田川広域観光協会古代史研究会)
  豊の国の織姫 ―邪馬台国の絹―
 (令和元年八月三日(土)、於 香春町町民センター町民ホール)より

 瀬織津姫という大祓(おおはらえ)に出てくる神を中元寺に見つけた。彦山北鹿の中元寺の織姫です。

瀬成神社(大原虫生庄 → 中元寺)
 祭神:豊宇気姫神養蚕の神)(保食(うけもち)
    瀬織津姫神祓戸大神
    速開津姫神

「写真(瀬成神社)」

 昭和に出来た「ふるさと中元寺」という本から採られた  瀬成神社の伝承 は、講演のページに掲載しています。

※ 2020年版 神武東征(肆)より

田川(鷹羽)・京築の遺跡
 添田町中元寺の瀬成神社の伝承に、「金の
原(錦原)に、日本で農耕の神と称えられる
、伊勢神宮外宮の保食神(豊宇気姫神)を先
づ祀り、次に災難や穢れを祓う瀬織津姫の神
と、水門を司り、水を支配する速秋津姫神を
祀って、治水を果した
ということで、中元寺
の郷の、地形と、農耕文化発祥の過程が物語
られているように思われます。」とある。
 金の原の東の庄原遺跡からは、金属溶解炉
やりがんな鋳型が出土している。
 弥生時代の田川には農耕文化が発祥してい
て、豊宇気姫神が祭られていたことは間違い
なかろう。
Ⓒ添田町教育委員会
写真「庄原遺跡のやりがんな鋳型」
庄原遺跡から出土した金属溶解炉跡

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