「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


 一支國(律令制 壱岐郡田河郷)/高御祖神社(諸吉仲触)

※  邪馬台国研究 戦後の諸問題
 (令和二年霜月二〇日収録、第18回 古代史講座、主催:田川広域観光協会、撮影・編集:豊の国古代史研究会)より

一支國
律令制 壱岐郡田河郷
 旧田河村、現在の芦辺町の芦辺浦・諸吉大
石触・諸吉東触・諸吉南触・諸吉本村触・
吉仲触
・諸吉二亦触と深江東触・深江南触・
深江本村触・深江平触・深江栄触深江鶴亀
を含む地域に比定される。
原の辻遺跡
御祖神社(諸吉仲触)
祭神 (鷹)皇産靈尊
「写真」
「写真」

 一支國(壱岐島)の東側に律令時代に、壱岐郡田河郷があった。その田河郷の中にある深江栄触・深江鶴亀触という地域から出土した遺跡が、原の辻遺跡である。
 また、田河郷の諸吉仲触という所に高御祖神社があり、その神社に對馬國の高御魂神社にも祭られていた高(鷹)皇産靈尊が祭られている。

 魏の使者は、壱岐郡田河郷から福岡県田川郡にやってきたことになるということが、神の世界で解る。考古学では絶対に語らないという事が神の世界を通じれば、見えてくる。

 

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