「邪馬臺國=鷹羽國」説
(福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
※ 真実の仁徳天皇(平成27年7月25日、於 香春町町民センター)の講演より
■ 応神天皇の太子は、菟道稚郎子である
『日本書紀 応神紀』 四十年の記事
(応神天皇は、皇太子(次期天皇)を一番年下の菟道稚郎子とした)
*.ここでは、大鷦鷯尊は「太子の輔」であり、太子では無い。
『日本書紀 応神紀』 十六年、二十八年の記事
(皇太子菟道稚郎子は、王仁から教養習得し、活躍もしている)
※ 『日本書紀 応神紀』の太子と『古事記 応神記』の太子の記述について双方の大きな矛盾についての説明は、
資料「宇治の京」より引用しました こちら のページを参照下さい。