「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


  射手引神社社伝の神武天皇・東征コース

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以下、『越境としての古代[6]』の「神武は、筑豊に東征した」より

 『鞍手郡誌( 射手引神社 社伝)』の続きを分析した結果、 天香山 を奪取した神武は、一旦、南に引き返し、馬見山に至る。
そこから嘉麻川(遠賀川上流)水系を北上し、いよいよ古遠賀湾沿岸(現在の直方市頓野)で「 長髄彦 」との決戦に臨んだ
ようである。

   ■  鞍手郡誌(昭和 9 年発行版)・射手引神社社伝による神武天皇・東征の地

   (A)  一、帝王越( 帝王山 の山の尾をいふ)

   (B)  一、  小野谷 (現嘉穂郡宮野村) 迷路を貫すべく高木の神を祭りたまふ

   (C)  一、  神武山 (同宮野村、熊田村) カムタケ山といひしが今は單に神山といふ

   (D)  一、 馬見山 (同、足白村) 天孫ニニギの尊の靈跡を訪ね降臨供奉の臣馬見物部の裔駒主命を東道役とし給ふ

   (E)  一、  天降八所神社 (同、頴田村) 皇軍行路に惱む時、八神霊影に感現して進路を教へ給ふ

   (F)  一、鳥居(同) 前記八所神社附近の地名、靈鳥が「伊那和」と鳴きて皇軍を導いた土地

   (G)  一、  烏尾峠 (同) 靈鳥を鳥尾明神の出現といひ、カラスは八咫烏のカラスと同じ

   (H)  一、杉魂明神(同) 天皇の御惱を醤し奉ったところ 祭神は天皇と駒主命と椎根津彦

   (I)  一、  佐與 (同) 天皇の靈跡-佐與計牟の約言

   (J)  一、  嚴島神社 (同) 天皇、宗像三女神を祭り給ふ

   (K)  一、  鹿毛馬 (同)

   (L)  一、  目尾山 (同幸袋町)

   (M)  一、  鯰田 (飯塚市) 沼田といふ。天皇遠賀川を渡り惱み大迂回を行い給ふた所

   (N)  一、  勝負坂 (同)

   (O)  一、  立岩 (同) 天皇が天祖に祈願し給ふたところ

   (P)  一、徒歩渡(同)

   (Q)  一、王渡(同)

   (R)  一、鉾の本(同) 豪族矢田彦皇軍を奉迎、遠賀川を渡河された故名

   (S)  一、  片島 (同二瀬村) 加多之萬。又は堅磐と書き皇軍上陸の地を指す

   (T)  一、  擊鼓神社 (同幸袋町) 天皇進軍を命じ給ふた故地

   (U)  一、  白旗山 (同) 天祖を祭られて神託を得られた靈跡

   (V)  一、  笠城山 (鞍手郡宮田町) 天祖の靈を祭り給ふ靈地

   (W)  一、  伊岐須 (嘉穂郡二瀬村) 大屋彦の奉迎地

   (X)  一、神武山(同)

   (Y)  一、神武邑(同) 天皇に因む地名

   (Z)  一、  曩祖の杜 (飯塚市) 曩祖を祭られた所

   (a)  一、  潤野 (嘉穂郡鎮西村) 天祖を祭られた所

   (b)  一、姿見(同)

   (c)  一、日の原(同) 天皇に因む地名

   (d)  一、  高田 (同大分村) 田中熊別の奉迎地

   (e)  一、  大分 (同) オホギタと讀む。天皇の神靈を祭る

   (f)  一、  山口 (同上穂波村) 皇軍戰勝休養の地

   (g)  一、牛頸(同) 土蜘蛛打猿打首の故地

   (h)  一、  寶滿山(竈門山)  登山して御母君の靈位を祭り給ふ

   (i)  一、田中庄(筑紫郡大野村) 荒木武彦奉迎地

   (j)  一、  蚊田の里 (糟屋郡宇美町) 荒木の女志津姫皇子蚊田皇子を生み奉った地

   (k)  一、神武原(同)

   (l)  一、  若杉山 (同篠栗町) いづれも天皇の靈跡地(以下略)