「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説 (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
鞍手町
新北本司
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[古遠賀湾(淡海、近つ淡海) = 弥生期~古墳期に存在していた]
※ 古遠賀湾こそが、『万葉集』に云う「淡海」であり、『記紀』に云う「近つ淡海」である。また、行橋市の 所の大きな入江が「遠つ淡海」である。
右上図は、鞍手町教育委員会が「古月横穴」の解説(二〇〇四年)に用いた古遠賀湾図である (新北は私が追加、後述)。 元図は、山崎光夫「沖積世(新石器時代)以降における洞海湾並びに遠賀川流域の地盤の昇降」九州大学 教養部研究報告2(1956)のもので縄文・弥生時代の古遠賀湾が推定されている。 鞍手町教育委員会は今回、古月横穴の造成時(古墳時代)も海だったとの見解に立った。