「邪馬臺國=鷹羽國」説
(福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
豊の国の織姫 ―邪馬台国の絹―
■ 瀬成神社(中元寺)/瀬成神社伝承/彦山北麓・中元寺の織姫
● 彦山北鹿の中元寺の織姫
瀬織津姫という大祓(おおはらえ)に出てくる神を中元寺に見つけた。彦山北鹿の中元寺の織姫です。
● 瀬成神社伝承(「ふるさと中元寺」より)
瀬成神社の伝承は、昭和に出来た「ふるさと中元寺」という本からである。
● 中元寺は、大原庄虫生といった
「金の原」の地名は、元々は、衣原・錦原で「金」は付いていなかった。
● 金の原遺跡の東は、庄原遺跡
金の原遺跡が、接している庄原遺跡からは、青銅だと思われる金属溶解炉跡が、発掘されている。23~2400年前で
しょうか?そこからは、やりがんなの鋳型も出土されている。やりがんなというのは、今でも宮大工が使う大工道具で
ある。
という事は、伝説通りに金の原には、宮殿=今の宮に見られる立派な木造建造物が建てられていたという事である。
金の原遺跡は、調査して発掘したのではない。農家の人が耕していると出てくる。
土器片と石器類ともに、立岩式石包丁も出土している。その立岩遺跡から発掘した鉄矛の柄のところに平絹が、
張り付いていた。という訳で金の原遺跡の弥生時代に絹が織られていたという可能性が高い。瀬成神社の伝承は、
ただの伝説とは思えない。歴史事実があっての伝説だという事だと思われる。
● 彦山北鹿、彦山南麓の豊前国