「邪馬臺國=鷹羽國」説
(福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
※ 新説 日本書紀(第33回 飛鳥時代④/壬申の大乱)
(令和5年2月3日、担当:全国邪馬台国連絡協議会九州支部、会場:嘉麻市射手引神社上山田公会堂)より
「神功皇后紀を読む会」加来野 英俊氏作成のPowerPointを引用
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(1)大皇弟 = 大海子皇子(= 筑紫君薩野馬、後の天武天皇): 吉野宮へ ・・・ コース を示す
※ 「天武天皇紀・上 即位前紀」は、紀伝体型式で記されている。
(2)壬申の乱前夜
※2-1)美濃:八幡西区
※2-2)尾張:香春~福智町の間の山沿い
※2-3)湯沐令:中宮・東宮への食封を取り仕切る役人
(3)天武の開戦準備(東国へ進発①): 6/24 吉野宮を出発 ・・・ コース を示す
(3)天武の開戦準備(東国へ進発②): 峠を越え、吾城から大野へ ・・・ コース を示す
※3-1)屯田:天皇の供御米を作る田。(赤村・我鹿神社所傳古謡集参照)
※3-2)莵田郡家:田原にあったか。その手前東田原から図に示すコースを通り、大坂
山の上道を通り大野へ至る。
(3)天武の開戦準備(東国へ進発③): 横河に 6/24夜半に着く ・・・ コース を示す
大野で日没、暗くて進めない為、村の家の籬を壊して燭とした。隠郡に至り、隠駅屋を
焼く。村中に「天皇、東国に入ります、人夫諸々出迎えよ」と呼びかけるが、誰も出て来な
かった。
※3-3)隠郡の駅屋:御所ヶ谷峠を越える手前か。(隠郡は、谷間にある)
(4)天武の開戦準備(東国へ進発④): 6/25 三重郡家に到着 ・・・ コース を示す
(5)天武の開戦準備(東国へ進発⑤): 6/26 桑名郡家に宿る ・・・ コース を示す
(6)壬申の乱:開戦前夜(近江朝側)
(7)天武の開戦準備(東国へ進発⑥): 6/27 行宮を野上に起こす ・・・ コース を示す
(8)壬申の乱:開戦(6/29) ・・・ コース を示す
(9)壬申の乱:開戦(7/1、7/2 ②) ・・・ コース を示す
(10)壬申の乱:開戦(7/2 ①) ・・・ コース を示す
(11)壬申の乱:開戦(7/3、7/4) ・・・ コース を示す
(12)壬申の乱:開戦(7/5、7/6) ・・・ コース を示す
(13)壬申の乱:開戦(7/7〜7/22-①) ・・・ コース を示す
(16)壬申の乱:吹負のその後の行動 ・・・ コース を示す
上記「7/22-②」の記載通り、 倭京軍の将軍 吹負は、 山前 へは進軍せず。
(17)壬申の乱:戦後処理
(18)天武凱旋 と 飛鳥浄御原宮遷都 ・・・ コース を示す
(19)天武崩御と壬申の乱のまとめ